日記 20/12/23

その日に思ったり抱いたりした大切な感情はいつでも振り返りできるように文章に残しておこうと思う。

大切なものっていつも欠かさず自分の近くにあるから、失くすまで大切さには気付けない。旅先で盗まれたiPhone、今まで何となく使ってた。ずっと欲しかったもので、買ってもらった当初はあんなに丁寧に使ってたのに!

あと友達。これは失くすような事が起こって欲しくはないけど、大切さに気付かず、適当に扱ってたら一人も居なくなっちゃうだろうな。

私はきっと、自分が思ってる以上に周りの友達に恵まれています。

いつまで経っても恋人はできないけど、いない事と天秤にかけられない位、素敵な友達が沢山います。

頭の片隅にでも、私という存在を置いてくれてありがとう。一秒でも、私と一緒に悩んでくれてありがとう、喜んでくれてありがとう。

この年の瀬にしみじみと友達の大切さを実感しています。赤の他人であるみんなが、こんなに私に良くしてくれるなんて、冷静に考えて奇跡なのです。

なんか大晦日ぽくなっちゃったな。クリスマス前なんだけどな。。

とりあえずみんな大好きってこと!

日記 20/10/6

また来てしまった、毎月来るどん底期。

身体の周期的なものだからしょうがない、

「しょうがない」を言い訳にしたら、きっと月の半分はムダにするだろう。

でも、こんな気分の時こそ書く手が進む。

ネガティブな私なりの、ポジティブな考え方。

気分が落ちてしまった時、何もかも頑張れなくなる、終わりがない単調な日々に耐えられなくなる。

休んでもまた働いて、卒業したら今度は就職して。いつ心からゆっくりできるんだろうか?

こんな日は家族やペットの悲しい結末までも考えてしまう。もうすぐ10歳になる愛犬。ばぁばこの間78歳になったって言ってたなぁ。

来て欲しい終わりと、来て欲しくない終わり。

 


決して平和とはいえない、この単調な日々はいつ終わるのだろう?終わった時気付くのだろう、この日々の本当の幸せに。

 


落ちた時は大体2パターン。すごく人と会いたくなるか、誰にも会いたくないか。

後者の時のがやばい。人に会いたいって気持ちは余裕が無いと起こらないからね。

学校に通ってたあの頃、後者になる事が多かった気がする。

周りに恵まれていることなんてわかってるのに。みんな優しい、こんな私の怠惰を許してくれる。なのに、どうしても誰にも会いたくなくて、心配されたいのか、突き放したいのか、もう分からない。

こっちが本当の私なのか、外の私が本当なのか?

稲村夏と、しょむ。同じとは思えないくらいびっくりする。でもしょむである私も作られたものじゃないと思うんだよなぁ。しょむでいたい時、しょむでいた方が楽になれる時もあったり。オンは疲れるけど、オフが続くと気が落ちる。私はオフの私が嫌いだから、考えてばかりの、面白くも何ともない自分が嫌い。オフの時の私の存在価値って?

日記 17/12-23

母方の祖父が危篤になった

 

今病院に向かってる

 

こんな時に書くなんて不謹慎極まりないかもしれないけど何かしてないと心が不安定になりそうだった

 

身近な人がこうなるのは叔母の旦那さんがくも膜下出血で急死した時以来だったから、

どんな心構えでいればいいのかわからない

 

血が繋がった人間が死ぬってどんな感じなんだろう

 

数分後に待ち構えてる死を私はどうやって受け入れるんだろう

 

今日本当は父方の祖父母と従妹の家でクリスマスパーティーをする予定だった

 

ごめん、今日行けなくなった。

 

そう伝えた時の祖父の声はあまりにも悲しそうで、泣いてしまった

 

きっと祖父は、祖母は、受験生の従妹は、今日を楽しみにしていたんだろうな。

 

 

弟と病院に駆けつけた時には祖父はもう亡くなっていた。

 

私たちの到着を待って主治医から祖父の臨終を告げられた

 

ついこの前入院した時からそうだったのかもしれないけど、祖父は真っ白な顔をしていた。

 

だから私は

それが祖父だとは思えなくて、ああ死体だ。って思った

不思議なことに、生きていた祖父といま目の前で死んでいる祖父は全くの別人に見えた。

 

祖父に触れてみるとまだ生暖かくて、死んでるのに生きてるようなのが少し気味悪かった。

 

私の中の祖父はまだ生きてて、

なっちゃんまた痩せたんじゃないか?」

って祖父の声はまだ鮮明に記憶に残ってる。

きっとこの鮮明度をあげたら涙が止まらないだろうなって思えて、私は感情をシャットアウトした。

 

この先周りの人間がこうやってどんどん死を遂げていくのを私は見ることになるのか

 

でも死は避けられない。

 

だから死の悲しみから逃れることも出来ない。

 

 

後日やってくる祖父の葬儀は たくさん泣いてやろう

この感情はシャットアウトしちゃいけないから。

 

ではメリークリスマス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明け方の若者たち

こんにちは、ブログを書く周期がオリンピックさながらの稲村です。

 

皆さんところで《明け方の若者たち》という本を知っていますでしょうか?知らない貴方、さては最近YouTubeやネトフリばかりでTVを観ていないな?

 

私自身もっぱらテレビは後からTVerで観てしまうタイプの人間なのですが、たまたま観ていた王様のブランチで最近話題の小説ランキング〜みたいなのをたまたまやってて、たまたま目に入って。

読書習慣が無い者にとってはそれはそれはありがたい企画でした。ありがとうブランチ、ありがとうTBS。

テレビって基本的に常時点いてるものじゃないですか(家庭によるかもしれないけど)

だからわざわざ自発的に情報を探しに行かなくて済むのが利点だなって思います。YouTubeやインターネットで情報を獲得するためには検索ワードが必要ですよね。これってつまり自分のわからない事に対して、まず手掛かりになる言葉を考える必要がある。

億劫な私にとってはこの作業が苦痛でして、、

痒い所に手が届かないような気持ちに陥るんです。だからちょっと苦手。

ラジオやテレビ、Twitterとかみたいに垂れ流された情報から自分にとって興味があるものにフォーカスしていくってやり方が私的にはしっくり来るんですよねぇ、、、

 

バカ真面目にメディア論について語ってしまいました、失敬失敬。こんな事熱く語っても単位取れる訳じゃないのにね。

 

本題。なんで今日この本についてブログで書こうと思ったかというと、

「ああ、社会って、仕事ってこんなもんなのか」

学生の社会に対する不安を見事に体現した本なの!

 

まあテレビでは切ない恋愛模様にフォーカスして宣伝されてたんだけど、

実際読んだ感想としてはこっちが強かった。

 

(ちょっとだけネタバレ入るかも)

主人公は二番手くらいの大学に入って、大手の内定先も決まって、順風満帆。でもいざ入社したらやりたい事ができるような環境ではなくて、

「自分はこんなところで燻っていられない、

早く転職したい、動き出さないと。」

っていう思いが徐々に芽生えてくるんだけど、

働いているうちに自分が大したことない人間だったって気付く。周りとは違う、普通じゃないって思ってたのに、初めて打ちのめされてしまう。

 

共感しか無いんだよなぁ。。

私もそうだけど、皆絶対心のどこかで「自分と他の人は違う」って思ってる。

私には独創性があって、やりたい事もちゃんとある。だから他の能天気チャラチャラ大学生と一緒にすんな!

きっと誰しもがこう考えてるんだろうな。だからみんな早々とインターンシップに行くわけで。

それが打ち砕かれるのが社会人。結局他の人と自分はなんら変わらなかったって気付く。恐怖体験。

 

少し話は変わるんだけど、バイトでも常々似たようなことを考える。

自分はこのバイトに何パーセントの力を注ぐのが正解なんだろう?って。

60%注ごうが、100%注ごうが貰えるお給料は一緒。じゃあ自分は何パーセント出そうか?

100パー出せば社員やお客さんに褒められることは明確。でも時給が同じなのに100パーを出す必要なんてない。だから私はいつも及第点で業務をこなす。

心のどこかで「俺はまだ本気出してないだけ」って思ってる。本気を出せば優秀になれると。

 

これはバイトだから割り切れるけど、社会に出たら果たして今まで及第点でやってきた人間がいきなり100パーを出せるのか?

てか出世欲が無ければ100出せ精神すら無いのかも。

 

社会に出るって色々と考えさせられますよね。中学生の頃みたいに、社会に出る環境に居なかった時が一番ラクだったなぁ。

 

なんかまとまらないけど、色々と考えさせられる本なので是非読んでみて欲しいです!なんなら私の貸す!

 

 

 

 

 

 

 

誕生日ありがとうございました

皆さんこんにちは、というよりこんばんは。

 

6/14は私の誕生日!もう終わった?そんな事はいいのです、なんと言っても記念すべきハタチですからね。

 

まあ正直当人からしてみればこの一日差はまったく違う。6/13も6/15も私にとってはただの一日。誕生日当日に対する当人の固執ってなんなんでしょうね。

他人からしてみても、言ってしまえば親からしてみても、私の誕生日はただの一日に過ぎない。

 

今年はそれを強く実感する誕生日だったな。。。

 

これは私の勝手な意見なのですが、誕生日って自分がこの一年間何をしてきたか、結果発表の日だと思うんです。ああ、本当に勝手な意見。。

 

でも問われるのは祝われた量じゃなくて、メッセージにどれだけ気持ちを込めてもらえたか。

量より質なんじゃないでしょうか?言い方悪いかもしれないけど。

 

欲しいものを貰うことよりも、私の誕生日のために文章を考えてくれたり、写真を探してくれたり、プレゼントを探してくれたり。私のためにわざわざ割いてくれた時間にこそ価値があると私は思うんです。

 

激重彼女か、、、?

 

今年の誕生日は自粛期間なのもあいまって変に孤独を感じた一日でした。

地球は私中心に回っている訳じゃないのに。

他の人にとっては、ただの、雨が降ってジメジメした、気温18度の日曜日。

 

それは当たり前の事なのに、私はどうも寂しく感じてしまう。

誕生日はケーキと一緒に盛大に!っていう考えが私たちには酷くこびり付いてて。

だから、きっと何歳の誕生日も、誰かに祝われることを期待してしまうんだと思います。

実は、この日記を書いている今、変に抱いてた期待から解放されてスッキリしてたり。

 

小学生の頃は家族とケーキを食べて、誕生日プレゼントに死ぬほど喜んでいたのになぁ。

 

歳をとるっていうのはこういう事なのかな。

 

20歳って小学生の頃の私からしてみればとても遠く眩しく感じていたのに、実際はこんなもんなのね。

 

20歳は案外子供で、心の成長は中学2年生から大して進んでないよ。まだ準備なんて出来てない。

 

なんとなくお酒を飲み始めるようになって、なんとなく就活が始まって、働いて、気がついたら今度は30歳になってるかも。

 

その時には何人の人が私に「おめでとう!」って言ってくれるんだろう。

昨日私の誕生日を祝ってくれた友達から、来年も再来年も、「おめでとう、ありがとう」の言葉が貰えるように、今日からの一年間また頑張らないと。

 

では、一期一会より一言。

 

「むずかしいコトは言えないケド、

これからもずっと一緒にいて欲しいって

それだけなんだよ」

 

なつを。

 

オロナミンCと私

自分でもよくわからないけどたまにどん底のように病む日がある。

今までこれは忙しさ故の余裕のなさから生まれるものだと思ってたんだけどどうやら違うみたい。

何故なら今の私は自由そのものだから。私の負担になりうる通学、サークル、バイト、友人関係、上下関係は全て無くなった。わたしは本当の自由を手に入れた、はず。

 


どうしたらいいかわからない、やる気が起きない。ただただ活動していた手が急に止まる。やる気スイッチってあながち本当なのね。

 


今の感情は寂しさとはちょっと違う。

どっちかっていうとほっといて欲しい。

 


電話をかけてくる友人らに応えることが出来ない。ごめん。家から一歩も出ず、誰とも会っていないのに、今は一人で居たいの。

 


結局私は友達にも気を遣っているんだな。友達とコミュニケーションをとるために、普段より1段階自分を上げないといけない。休日は極力交流を避けてしまう、疲れるから。

自分の中で一番つまんなくて、取っ付きにくくて、性格が悪い状態を他人には見せたくない。

 


でも、いつか、誰かにわかって欲しい。私は私を理解してくれる人が欲しい。

ちょっと矛盾?

結局人間は孤独。彼氏だから、友人だから、全てを察して感じ取ってくれるとは限らない、てか無理。

わたしたちは自分から、

「わたしは今こう思ってます」

って言わなきゃ伝わんない。

 


伝えるのが下手くそな私はこのぽっかり穴の埋め方がわからない。だからたまにこうして夜な夜な1人で泣く。

 


なんだか喉が乾いて、お風呂上がり一人で自販機に買いに行った。

私が選んだのは「元気ハツラツ オロナミンC

 


笑えない。

 


この飲み物はきっと本当に元気が無い人が飲むものじゃない。

 


オロナミンC、昔はよく母が薬局でダース買いしてくれてたな。

飲んだのは5年以上ぶりだった。もう味なんて覚えてなくて、こんな味だからって勝手に敬遠してたけど。

こんな状態だったのもあってか、沁みるような甘さが美味しかった。飲むと元気が出るのは、嘘じゃなかった。

 


病んだらまたこれでも飲もうかな。用途違うけど。

脱ネタンデルタール人

どうも、またまたパソコンでこんにちは稲村です。

 

今日中学の地元の友達とふたりでお茶をしました。

少ししか日が空いてないのに久しぶりに会った気がしてしまう現象、いつ会っても大体中学時代の話に戻る現象、なんなんでしょうね。

 

いつまでもきっとこんな関係なんだろうなって思うし、こんな関係でいたいなって思う。これから先就職や結婚、いろんなことがあるけれど。

 

私にとって地元の友達はそういう存在です。最近会えてなくてちょっと寂しいけど。

 

 

この前病んだ日があって(二週間に一度はある)中学の近くまで愛犬と散歩したんですけど、なんかよく晴れた秋空で、眺める校庭の景色はこみあげてくるものがありました。

 

 

冷静に考えたら病み過ぎててキモいし、自己陶酔してるのもキモいんですけどね。

 

でも私の場合何年経っても思い出してしみじみするのは小学校でも、高校でもなく、中学だなって思う。

 

それはきっと私の中で青春してたなって思うのが中学だからなんだろうな。

世間一般的には高校最高って感じなんだろうけどね。

 

前にも書いたけど、高校時代は自分で自分を勝手に生きづらくさせてたな、って思います。

 

今考えたらもっと自分を好きになれてたらなって思うし、男子とも話せばいいのにとも思うし。バイトも他を探して続ければよかったと思うし、メイクもファッションも、制服も楽しめばよかったなって思う。後悔まみれ、笑

 

さっき友達が弾き語りのインスタライブをしてたんだけど、

正直なところ、前の私ならぜったい見なかったと思う。笑

 

それはきっと実力を認めたくなかったから。私だって歌えるのに、もっと評価されたいのに。

 

高校の時の私は、自分の歌に自信を持てなかった。周りはそんなに褒めてくれなかったし、評価してくれなかったから。

 

でも、今はそういう風には考えなくなった。

一位を決められないのが歌声のいい所。

 

金子みすゞじゃないけど、そのまんま、ほんと、みんな違ってみんないい。それが歌。

 

私はいま自分の歌声に自信をもって歌ってます。

これは自慢とか自惚れじゃなくて!

 

アカペラを始めてから、あなたの声が好き、って言ってもらえることが今まで以上に増えた。それがとっても嬉しいし、原動力になってるなって思います。

 

わたしはヘンなところで負けず嫌いだからサークル内でも闘志むき出しなんだけどね

 

自分の歌を好きと思える今がとても幸せ。

自分の一部を肯定出来ることがどれだけ幸せなことか。

 

 

 

 

 

 今日の日記にちょうどいい歌が。

 

他人を妬むそんな不毛な時間もったいないから自分を好きになる努力をしよう。

これは自分に言ってます。

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